活動日誌−思いつくままに

【11.02.20】 野村武文議員の過日録

野村武文議員の過日録 〜2011.02.20

 20日(日)生活相談。党活動、井ケ谷町H氏。
 19日(土)午前中、北部生涯学習センター訪問K氏。つづいて生活相談。午後3時から党会議。夜7時から「綱領の連続教室」第3回目を「刈谷教室」で則世と受講。知的に感動し高揚したまま帰宅、日本共産党は素晴らしいの一言である。ゆがんだ日本の政治を変えて、いのちと暮らしを守り、景気を浮揚させることが喫緊の課題である。みなさんと力をあわせて国民本位の政治をつくり上げよう、との思いである。日本の現在を分析し、未来を見据えている日本共産党の「綱領」は素晴らしい。
 18日(金)刈谷市婦人会60周年記念大会に参列。午後H氏の来訪で庁舎内党の議員団控え室で対応。午後4時から市担当課とヒアリング。午後6時30分から堀眼科で検診。
 17日(木)午前10時から刈谷市議会3月定例会。定住自立圏形成構想(知立市、高浜市、東浦町)協定条例議案に対する質疑を行った。山本シモ子議員は、市職員互助会と職員給与の各条例に対する質疑を行った。これら議案審議の企画総務委員会に所属していないため、そこでの傍聴も行いつつ、日本共産党議員団は、最終本会議の3月23日(水)に態度表明を行うこととなる。
 16日(水)午前養生治療、午後は別の養生治療。
 15日(火)午後6時からシャインズで中部会の懇親。中部地域の地区長、公民館長、議員で構成。市長を来賓招待で列席。
 14日(月)午前10時から市議会運営委員会。午後2時から党市議団会議。
 !3日(日)N氏と党行動。夕方、T氏から電話をもらい現地で生活相談、高津波町6丁目で小1年生遊びで約2m下の道路側溝に転落。側溝コンクリート角の頭蓋をうち出血、救急車で搬送。側溝へのフタ設置をとの要望。
 12日(土)八幡町S氏の用事
 11日(金)午前12時から女性享年68歳の葬儀・告別式に列席。
 10日(木)午後3時から庁舎内で「会派説明」。午後6時から女性享年68歳の通夜に列席。
 7日(月)から10日(木)までの毎日、堀眼科に術後チェックのため通院。12日(土)まで安静の生活であった。
 上田耕一郎の積読本の4冊を読んだ。著書は4半世紀前以上も30年近い前のこともあり、日本共産党の歴史的な正しさを感じることができた。「常備軍」の成立と自民党など保守政党のアメリカ言いなりの根拠が明快に解明されている。目かウロコであり、痛快であった。日本共産党の「科学の目」は、確かであることをあらためて確認したころである。しかも、それが今も、連綿と引き継がれているところに力強さを感じる。
 昨日も、2月19日(土)午後7時から日本共産党の志位和夫委員長の「綱領の連続教室」3回目を「刈谷教室」で受講した。この講義も、いよいよ充実してきて感動ものだが、その講義内容のいくつかが上田著述とも合致していてたいへん参考になった。志位講義が理解しやすかった。それにしても、志位さんの見識の広さと深さに感激すると同時に憧憬の至りであることを誇りに思う。小生もとても及ばないにしても自分なりの研鑽が求められよう。
 上田耕一郎「戦争・憲法と常備軍」(新日本出版社2001年3月20日第1刷発行)完第18巻
 上田耕一郎「平和と安全の「哲学」」(新日本出版社1987年8月25日初版)完第17巻
 上田耕一郎「社会主義――その理論と展望」(新日本出版社1986年4月5日初版、1986年5月5日第3刷行)完第16巻
 上田耕一郎「現代世界と社会主義」(新日本出版社1982年4月30日第1刷発行、1983年8月25日第5刷発行)完第15巻
 本多勝一の戦争論は、今年80歳とのことだが、いまも第一線のジャーナリストだけあって、衰えていない、確かな目を感じる。健在であることを喜んでいる。
本多勝一「本多勝一の戦争論「侵略」をとらえる目」(新日本出版社2011年1月15日初版)完第14巻

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