活動日誌−思いつくままに

【タイトル画像紹介】 受難の像

像、安置は願行寺(半城土町)

 依佐美送信所は昭和4年、対欧無線の送信施設として開局した。太平洋戦争中は旧日本海軍が軍事的に利用し、戦後はアメリカ海軍が接収、平成6年の基地撤去まで原子力潜水艦への指令基地として使われていた。
 アンテナを支える高さ250メートルの鉄塔8基は刈谷のシンボル的存在であると同時に、核戦争指令電波発信、児童感電死(1976)の極めて危険な存在であり、壮大な反対運動が繰り返し行われたなかでの撤去であった。
 感電死した宇都秀樹ちゃんを慰霊する「受難の像」が現在、半城土町の願行寺に安置されている。もともと被害現場の3号鉄塔根元に置かれたものだったが、鉄塔撤去に伴いこの寺に安置された。
 

願行寺に「平和の鐘」

 この寺の鐘楼にある釣り鐘は「平和の鐘」と銘名されている。送信所鉄塔のアンテナやアース線に使われていた銅線など108キロが鋳込まれている。
 銘文には「・・・依佐美の空に聳え立つ 無線の鉄塔幾年月・・・平和の鐘に蘇る・・・」と平和への願いが刻まれている。
 この鐘楼は平成11年(1999)に完成された。

▲ このページの先頭にもどる

トップページに戻る
RSSフィード(更新情報)